本記録は、禅の倫理観を「摂理」として再定義し、
世界と人間の関係における秩序の生成構造を整理したものです。
倫理を超えて、存在そのものが保つ均衡の原理を論じます。
▷︎ 定義
禅的倫理とは、人為的な規範ではなく、摂理への随順です。
それは「正しさ」を思考で決めるのではなく、分離を超えた状態から自然に発生する、行為の整合です。
▷︎ 摂理の構造
摂理は、意志や目的を介さずに世界が自己を維持する原理です。
縁起・因果・相互依存の連鎖がその基盤にあり、あらゆる現象は他の存在との関係の中で成り立っています。
▷︎ 倫理との相違
倫理は「人が定めた正しさ」、摂理は「世界が内包する必然的秩序」。
禅僧は前者を超え、後者の流れの中で行為を為すことを重視します。
▷︎ 行為の起点
行為の起点を「私の意志」に置かず、「状況が為す」に置き換えることで、行為は作為を離れます。
これにより、行為は目的を失わずに意図を超え、自然の一部として生じます。
▷︎ 戒律の意味
戒は罰則ではなく、摂理に到る助けとなる構造的指針です。
外的な命令ではなく、内的な節制です。
▷︎ 植物的な生
植物は抗わず応答し、環境と共に生を保ちます。
その在り方は摂理への完全な随順であり、禅僧が修行で目指す姿と重なります。
▷︎ 存在的秩序
摂理に随う生において、秩序は外から与えられるものではなく、世界に浸透したものです。
その理解が深まるほど、行為は自然と整っていきます。
▷︎ 結論
禅は、摂理のもとで生を為がなされるための実践です。
作為のない生き方によって、存在そのものが自然に整っていきます。
人間は、植物が環境に応答して形を保つように、摂理に応答する生き方を選び取れます。